地域猫推進寺

動物観研究発表原稿

「不妊去勢手術が必須の地域猫活動」

動物観研究No.27(7-14):2022

The community cat program where spay or neutering is a necessary to condition

黒澤 泰(公益財団法人神奈川県動物愛護協会)
KUROSAWA, Yasushi
Kanagawa Society for the Prevention of Cruelty to Animals (KSPCA)

Abstract:The community cat program is advocated as an effective, humane, and ethical solution to problems caused by stray cats living in close association with human habitations. It is to be discussed and agreed upon for people and cats to coexist and make the area a good place to live, and rules are to be set to take care of the cats for a lifetime without increasing the number of cats. This is the most peaceful way to solve the problem of stray cats, based on the unique Japanese sensibility of valuing community. One of the absolute prerequisites for residents to agree to this is that they must be spayed or neutered so that their numbers do not increase further. For community cat program to be successful, it is necessary to create an atmosphere of cooperation and watchfulness through the formation of good communication among residents. Community cat program are not meant to continue forever, but rather to be considered a transitional activity until owners can ensure that their pets are kept indoors with proper care and there are no more stray cats living outside.

Keywords: measures against stray cats, community cat program, coexistence between people and cats
キーワード:ノラ猫対策、地域猫活動、人と猫との共存

1. はじめに

私は横浜市保健所職員であった当時、市民から寄せられるノラ猫に関わる苦情を最前線で36年間対応していたが、当初は明確な解決方法もなく対応に苦慮し続けていた。ここで述べるノラ猫とは、飼い主が存在しない屋外で生活する猫のことで、1995年に磯子保健所に在職中、それまでのノラ猫を排除することで苦情解決を図っていた考え方ではトラブルの数もノラ猫の数も減らず何も解決していないことから発想を転換し、地域内にノラ猫は存在しているとの前提の下に、人と猫が共存することでトラブルの解決を図る方法として「地域猫」の考え方を発案して実行した。

地域猫を進める活動で最も重要な絶対条件の一つが、今以上にノラ猫の数を増やさないために人が介入して実施する不妊去勢手術である。今回の特別企画のテーマである「動物への身体的介入へのこだわり」について、地域猫活動とセットになっている不妊去勢手術に対する市民の評価の推移などを今後、考察していく上で、参考になれば幸いと思う。さらに今回は、「地域猫」という言葉だけが先行して誤った解釈が拡散していると聞かれるので、私が住民説明や講演会で話している本来の考え方や体験、頂いた意見等について述べたい。

2. 日本でのノラ猫の始まり

日本の歴史において猫の存在はまだ多くの謎が残されているが、古くから日本に定着していたわけではないことは文献、書物などに記載がないことからも明らかと考えられる。奈良時代に仏教の伝来と共に経典がネズミに齧られるのを防ぐネズミ退治の目的でインド、中国、朝鮮半島を経て、一緒に船に乗せられて日本に渡ってきたのは間違いないであろう。このことを考えても猫は、人の手によって連れて来られ、人が関わってきた動物であり、野生動物とはまったく別物だと考えるべきである。

平安時代に薬師寺の僧景戒によって編纂された「日本国現報善悪霊異記 上巻第三十縁」に初めて「ねこ」の記述が見られる。また猫の飼育記録としては、宇多天皇の日記である「宇多天皇御記」が初出であると言われており、当時は貴族の貴重な愛玩動物として猫は紐でつないでいたり、室内で飼育したりしていたことがわかる。日本最古の猫の絵は平安時代末期の「信貴山縁起絵巻 下巻」と言われており室内で繋いで飼育されている。鎌倉、室町時代には、繁殖力旺盛な猫は増え始めて、一般の人にもつながれて飼われた様子が絵巻や絵画に頻繁に描かれている。有名な「石山寺縁起絵巻 巻2」に描かれている猫は、赤い首輪をして紐で繋がれている。

1602年8月、京都所司代は徳川家康の命により、京洛の一条通りの辻に高札を建て「洛中猫の綱を解き、放し飼いにすべき事」という「猫放し飼い令」を発布し、猫にネズミ捕りをさせたと西洞院時慶の日記「時慶記」や御伽草子「猫のそうし」に記されている。おそらく戦乱が終わり平和になったことへのアピールと共に、町中にネズミが多かったことからネズミ退治をしてもらって綺麗な町にすることを意図したのであろう。この辺りが公然としたノラ猫の始まりと考える。つまりノラ猫の始まりは、愛玩用として飼っていた人たちが手放し、捨てる等の行為からが始まりであり、その猫たちは本能のままに旺盛な繁殖力を発揮して増え続けていたのである。

3. ノラ猫が増えた背景

現在のノラ猫が増えた背景を考えてみると、猫の繁殖力は元々旺盛でありメス猫は交尾すればほぼ確実に妊娠する能力を有し、1回に3匹から6匹と複数頭の出産をする。温暖化の影響により活発に動き発情、妊娠しやすい環境になってきた。さらに、動物愛護意識の向上と共に栄養バランスの良いキャットフードが開発され、身近で購入できて気軽にエサを与えられるようになった。また、天敵である犬が繋がれてしっかり管理されるようになったため、ノラ猫はストレスが無くなり、健康状態、繁殖力、生存率が向上して益々増える結果となっている。

ノラ猫の数が増えれば当然フン尿、鳴き声による近隣トラブルが発生し、地域住民から嫌われる存在になっていくのである。何もしないとノラ猫の数はさらに増え続けて、トラブルも益々多くなる。元々人間の身勝手な事情により生み出されたノラ猫なのだから、人間の手が介入することによって解決させる必要があると考える。

4. 地域猫の考え方

かつて安楽死でノラ猫問題の解決を図ろうとしたが、ノラ猫の数もトラブルも減っていなかったのが現状であり、ちょうどその頃、国内の動物愛護意識が高まって安楽死を嫌がる傾向になっていた。

私が保健所に入った1980年当時は、横浜市内にも放浪の犬が多く存在し、最初の仕事はガネを持っての犬の捕獲であった。ガネとは、太い針金で作った犬捕獲用の道具のことである。早朝捕獲では15頭以上の犬が捕獲され、保健所に戻る頃には入口に行列が出来るほど返還申請の手続きに来た人で一杯であった。つまり、放浪していた犬は野犬ではなく、飼い主が夜に犬を放し飼いにすることが多い時代であった。

この時代の人たちは、「ノラ猫も犬と同じように保健所が捕獲して処分しろ」と言ってくる。しかし、犬の場合は狂犬病予防法等に基づいて捕獲しているが、猫には根拠となる法律がないために出来ない。

ノラ猫で迷惑しているから何とかしてほしいと訴えてくる場合の発言は、行政への捕獲処分要請の他にも「どこか山奥の違う場所に連れて行ってほしい」と言う人がいる。ノラ猫も動物愛護管理法において「愛護動物」として保護されているので、遺棄すれば44条違反として100万円以下の罰金又は1年以下の懲役に該当する。さらに「エサを与えるからノラ猫が集まるのでエサやりを止めさせろ」という人もいるが、例えエサやりを止めて一時的にその場所から離れることはあってもテリトリーを持つ動物なので、周辺にいて生きていくためにエサを求めてゴミを漁ったり、池の魚を捕ったり、家の中まで入って来るなどの新たなトラブルを周辺に広げるだけである。また、「ノラ猫全部を動物ボランティアに保護してもらえば良い」という人もいる。それが出来ればノラ猫はいなくなり最高の形になるが、数匹と数が少なくなってからの話である。地域の数十匹を保護するとなれば保護する人の負担は大きくなり多頭飼育崩壊として新たな問題に発展する。保護には限界があることを知ってもらいたい。つまり、ノラ猫がいて困っている場所から、ノラ猫がいなくなる手立てはないのである。ならば発想を転換して、「ノラ猫はその場所に存在するものと考え、トラブルを無くして共存するための方法をみんなで協力し合う」という発想が「地域猫の考え方」である。

5. 増やさず、トラブルをなくすための地域猫活動

地域猫とは、ノラ猫を地域住民の認知と合意の上で適切に管理され、見守られている猫のことであり、住民、行政、動物ボランティア等の協働によってノラ猫によるトラブルを解決して、人と猫の共生する住みやすい地域にする活動である。

地域猫活動を進めていく上で必要なのが、今以上にノラ猫の数を増やさないようにするための不妊去勢手術の実施である。ただし、ここで終わっては住民のトラブルであるエサやりやフンの問題は解決しないため、手術後の責任を持った管理、世話をすることで初めて地域猫活動と言える。不妊去勢手術の実施だけではなく管理することで、ノラ猫をめぐる問題を地域の環境問題と捉えて住みやすい地域にするために住民が話し合うことからコミュニケーションの構築につながっていく。地域猫活動をスムーズに実施するためには、住民の理解を得る対話のプロセスが最も重要で大変な事である。

地域猫活動は住んでいる地域住民が中心となって話し合い、役割分担を決めて行うものであるが、全てをいきなり住民に任せては理解出来ない人達も多く、反対されてしまう。ここで中立的な立場で地域猫活動を正しく説明し、納得を得られるように汗をかくのが行政職員の役割であり手腕の問われる最も遣り甲斐を感じる仕事であった。

住民の理解を得るための説明会を開催しても、地域にはいろいろな立場の人、考え方を持つ人たちが住んでいるため、集まってもらうのも大変であった。経験上見えて来たのは「2:2:6の法則」で、基本的に2割の猫好き、2割の猫嫌い、その他6割は猫に全く興味も関心もない人達の存在である。ただしこの6割の無関心の人たちに被害が起こるといつでも猫嫌いに変わって均衡が崩れていくものである。猫で揉めている地域は、均衡が崩れて被害を受けている人が多い所の証でもある。

6. 住民の合意形成

地域住民の合意形成を得ることを、全員の賛成が絶対に必要と思って地域猫活動を断念する地域があると聞く。合意とは「お互いに意見を出し合って意見が一致すること」の意味であり、何度も話し合いを重ねた上で全員賛成でなくても、反対しない、見守ることで納得が得られれば良いと解釈する。地域住民による合意形成を導くために大事なキーワードを以下に示す。

  1. 合意することとは、結論を出すことではなく結論に納得することである。
  2. 多数決は結論を導く最善の方法ではない。結果として勝ち負けを生み出してしまい、しこりが残ってしまう。
  3. 多様性を認めることから合意は始まる。話し合う相手の気持ちを理解する。
  4. 信頼関係が合意の源である。お互いの事を知り、学び合い、経験し築いていくプロセスを共有することから信頼関係は生まれる。

とにかく時間はかかるが十分な話し合いが大事であり、地域猫活動は対話によるプロセスが重要なのである。この合意形成を住民や動物ボランティアだけに任せるのは無理な話であり、行政が地域の住民自治として関わりまとめることが役割である。

猫の事で話し合うというよりも、トラブルのない住みやすい地域にするための合意を目指すことである。その時に提案する内容は、増やさないための不妊去勢手術の実施と適切な管理を継続するための地域のルール作りである。

これを導き出した一つの例として、1997年横浜市磯子区で開催した「区民と考える猫問題シンポジウム(ニャンポジウム)」がある。保健所として有効なノラ猫対策が見つからないので区民からの意見を聞くために、猫好きだけでなく苦情を言っている人、嫌いな人も集まってもらい同じ場で意見を出してもらった。予想通り二回目までは猫擁護派と猫嫌悪派の応酬となったが、三回目にお互いの前向きな意見として「何なら出来るか」「譲れることはないか」を話し合ってもらい、解決の糸口として2つの事を導き出した。それが「不妊去勢手術の徹底」と「適切なルール作り」であった。

7. 地域猫活動の活動範囲

地域猫活動を進める上での活動範囲とは、自治会・町内会を単位とするものだけと勘違いしている人もいるが、地域の事情で様々な形がある。自治会・町内会が中心になっているのは、行政が関わるのに最もやり易い方法だからである。

地域の有志が立ち上げたグループの範囲もあるし、公園、商店街、霊園、寺社の単位で活動して順調に進んでいる地域もある。ノラ猫問題で困っているから何とかしたいとの思いがあり、話を進めやすい活動範囲で模索してみたら良いと思う。

8. ルールに基づく地域猫活動

長年問題となっているのはエサの管理である。「エサやり禁止」の看板をよく見かける。まるで悪い事をしているから止めなさいと言っているようだが、エサを与える行為が悪いのではなく、エサの与え方に問題があるのである。エサやりトラブルのほとんどが、猫がいないのに置きエサをしている状態であり、これは不衛生であるとともに他の動物までも呼び寄せている。地域猫活動は地域で話し合ってルールを決めていくものであり、誰が中心となってエサを与え世話をするのかも決めていく。地域でエサを与える人は、住民から認められた「猫の世話人」であり、時間や場所も決めて猫と対面してエサを与える。この時に手術の有無や健康状態のチェックなど猫の情報を把握、確認できる。食べ終わったら片付けて帰る。住民から認められていないボランティアと称して他の地域から来て勝手にエサを与える人とは明確に違う。エサを与えたければ住民に認めてもらうことである。エサやり行為を注意しても、動物愛護に固執した人には通用しない。見つかると怒られるので深夜の置きエサやばら撒きへと発展し、かえって地域の環境を悪化させてしまう。エサやりを止めさせるのではなく、ルールに基づいて堂々と責任を持って行動してもらうように説得すると、自分の行動で大切な猫が嫌われないために、一生懸命に活動をするようになる人もいる。

フンの問題も嫌われる原因の一つである。花壇や菜園、公園の砂場など柔らかい場所ほど人の手が入った大事にされている場所なので、排泄されたら怒る気持ちも理解できる。ただ猫の習性から掘って排泄して埋め戻す行為を考えると、都市化が進む地域ほど柔らかい場所が無くなっているのも事実である。ならば他よりも快適な柔らかい排泄する場所を用意しておき、その場所で猫が排泄するように仕向け、速やかに清掃できる体制を作っておくことが望ましい。

増やさないための不妊去勢手術は必須だが、手術後には手術済の証である耳先カットを実施する。当初は色とりどりの可愛いビーズのピアスを付けていたが、数年後には取れてしまうため耳先カットが最適であった。外見から一目で手術の実施が分かる目印は管理する上でも必要であり、未手術の区別や再手術防止に役立つものである。オスが右耳、メスが左耳と決めておけばなお明確になり、住民へのアピールにもつながっていく。(図1)

図1 耳先カットの猫は不妊去勢手術済の証

また、不妊去勢手術を実施するとノラ猫を増やさないことだけではなく、発情期の鳴き声が抑えられたり尿の臭いが薄くなったりすることでトラブルの原因を軽減できるため住民の理解を得られやすくなる。

9. 地域猫活動が成功する条件

地域猫活動が上手くいっている地域にはいくつかの条件が揃っている。まずは住民間のコミュニケーションがとれている地域である。防犯、防災、お祭りなどが盛んな地域はまとまって行動することが多いため、常に対話のできる雰囲気のある地域では話が早い。特に地域の活動を取りまとめて主導できる人の存在は大きく、その人が猫嫌い、猫で困っている人ほど効果的である。ノラ猫の問題を何とかしたいとの思いで活動に協力してくれるからである。地域猫活動は猫好きのための活動ではなく、住みよい町にするための活動であるから、猫で困っている、嫌いな人たちにとっても有益な活動なのである。猫の事だけではなく、人の生活環境の問題改善として捉えてほしい。また、自分の住む地域の問題としてみんなが関心を持ち、住民活動であると認識して活動を行うことが大事である。地域猫活動に反対しないで見守ることで納得した住民は、状況を監視する役割を担い地域の目として協力してもらう。このように住民がまとまって活動している地域に共通して言えることは、会報や回覧、チラシ、掲示板等で住民に情報の提供を上手に行っていることである。さらに地域猫活動を成功に導くためには、住民への啓発、トラブルの仲介、納得を得られる説明など行政の関わりが非常に大きい。事務的に不妊去勢手術費助成制度だけ設けてあとは住民や動物ボランティアに活動を全て任せて楽をしている行政があるようだが、住民の活動として軌道に乗り継続的な実施となるまで常に関わることが行政の役割である。しっかりと住民、動物ボランティア、行政が協働できている地域は上手くいく。判断、決定、行動が遅い行政にイライラしないで円満な協力体制で臨んでほしい。

10. 地域猫活動に否定的な意見

地域の住民集会やSNS等の各種投稿で地域猫活動に否定的な意見がみられたので以下に整理した。 (1)ノラ猫を捕獲し、不妊去勢手術を実施することは構わないが「元の場所に戻さないで室内で飼えば良い」との意見がある。

外暮らしは過酷でかわいそう、虐待を受ける、交通事故の危険が多いなどの理由はもっともである。ただし、現在存在するノラ猫の保護が余裕を持って引き受けて世話のできる動物愛護団体やボランティア、個人、行政がどれだけあるのだろう。テレビやマスコミなどで保護猫の言葉を目にする機会が多くなってきたが、ごく一部の話でしかない。猫ブームと言われているが、どれだけ多くの人に保護猫が譲り渡されているのだろう。次々に新しい飼い主に貰われて幸福感で描かれているが、譲る場合の条件が低い安易な引き渡しは行うべきではない。当協会でも今は犬の保護に余裕はあるが、猫の数が多くてスタッフの目が行き届き飼育基準を満たした適切な飼育には限界の頭数である。保護の依頼が圧倒的に多く、里親希望は多くないのが現状である。不妊去勢手術の徹底によりノラ猫の数が少なくなってからの保護は可能であるが、現状ではノラ猫の数が多いために室内で保護が出来ないことによる地域猫活動である。全部が保護出来て室内飼育になれば、ノラ猫によるトラブルも無くなるのであり、それが達成されるまでの過渡的対策が地域猫活動であると考えられる。

(2)「ノラ猫の被害は誰が責任を持つのか」という責任の所在を追及する人もいる。
そもそもノラ猫は無主物(所有者のない動産)であり、その所有権は民法239条1項(無主物先占)に決められているように「所有者のない動産は、所有の意思を持って占有することによってその所有権を取得する」、民法180条(占有権の取得)「占有権は、自己のためにする意思を持って物を所有することによって取得する」と定められている。つまり所有者、占有者になるためには、本人の意思が絶対条件であるから、ノラ猫の世話をしている人が飼い主表明をしない限りは飼い主責任を強要することはできない。猫には係留義務も登録制度もないために、外にいる猫の所有権の確定判断は不可能である。そのためにノラ猫によるトラブル問題は、地域住民みんなが住みやすくなるための環境問題として捉え、解決を図るのが最良であると考える。ただし、地域猫活動を騙る人が地域のルールを無視した行動で誰が見ても酷い状態を発生させている場合は、民法709条(不法行為責任)に該当し損害賠償を請求される可能性がある。
「なぜ猫に困っている、嫌いな人が協力しなくてはならないのか」という意見もあるが、反対や文句を言うだけでは解決しないどころか猫の数が増えて悪化するのだから、地域が進める一つの対策を見守りと監視をすることだけに協力をする方が解決に近いはずである。自分の所さえ良ければとの考えならば、猫にとって居心地の悪い環境を作って猫が寄らない方法を試してみることを勧める。自分では何もやりたくないと言う人もいるが、せめて自己防衛をしてから意見を述べてほしい。「地域猫の責任は地域へ請求するのか」との意見には、地域猫活動ならば必ず話し合いが設けられ住民の合意の上で行われるため、被害に対しても話し合いで決めていく。被害に遭う前に情報交換をして対策を講じるなど常に円滑なコミュニケーションをとっておくことが大切である。

(3)「猫嫌い、迷惑だと思っている人もいるのだから制度そのものに無理がある」「都合の良い可愛がり方で、ノラ猫の餌付け活動になっている」との意見もある。
総じて言えることは、ここで述べている人達の地域で本当の意味で地域猫活動が行われているのか疑問である。おそらく、住民の理解を得るための話し合いの上での合意形成、地域のルール作成と実行、不妊去勢手術の実施、地域内での無理のない役割分担、動物ボランティアとの協力、行政との連携などが実施出来ていないのである。ハードルが高いと言われるが、一つ一つを積み上げていけば進められるのだが、最大の欠点である時間がかかる事で待ちきれずに違うやり方で進めて地域猫活動と称している人達もいる。このような中途半端なものまでが含まれてしまい「地域猫」の言葉だけが独り歩きして誤解を招いている。ただし、地域の事情が違うので一概にそれぞれのやり方を批判するものではないが、最低でも住民の合意を得たルールに基づいた住民の活動であり、行政は活動しやすいように後押しする基本スタイルを地域猫活動と呼んでもらいたい。

(4)「地域猫にするにはハードルが高すぎて出来ないから途中のTNRで良いのではないか」という意見もある。
地域の実情によっては地域猫活動が必要ではない所もあるだろう。住民もいない、トラブルもないがノラ猫が多い所は、地域協力など得られるはずがない。このような場所は、今いるノラ猫を増やさないために捕獲して不妊去勢手術を実施後に、元の場所に戻すいわゆるTNRで良いと思う。TNRとは、Trap-Neuter-Returnを略した言葉である。TNRはあくまでも、ノラ猫の数を増やさないことが目的の動物愛護活動であり、さらに世話して管理を加えることで地域の環境衛生問題として住民のトラブルを解決することを目的としているのが地域猫活動である。TNRだけで手術後のノラ猫の把握、管理が十分に出来ないと、不妊去勢手術に漏れた猫が繁殖を繰り返してしまい数年後にはノラ猫が増えて元の数に戻ってしまう可能性がある。住宅が密集してノラ猫トラブルが発生している所では、TNRだけでは不十分であり、しっかりと管理、監視する地域の目が必要である。増えないように手術をしても猫は元の場所に戻ってくるため、手術前に発生していたトラブルであるエサの管理やフン尿問題は解決しないために、苦情を言う住民の理解は得られない。ケースバイケースではあるが、自分の地域ではどこまで出来るかを考えた上で、諦めることなく地域猫活動を目標として目指してほしい。

(5)「地域猫活動をやっているのにノラ猫が減らない」「成果が出ない」との意見がある。
ノラ猫に対して不妊去勢手術を推進するTNRや地域猫活動はかなり認知されて、ノラ猫を増やさないことではある程度の結果を出した地域もある。ところがその地域で新たな猫が現れたために地域内を調べたところ、室内での多頭飼育崩壊後に世話ができなくなって遺棄する飼い主の存在があり、飼い主の不適切な飼育が原因で新たなノラ猫を誕生させていることが見えて来た。地域猫活動やTNRで不妊去勢手術を実施し、ノラ猫の数を減らしたにもかかわらず新たなノラ猫が誕生し続けているのは、地域内の飼い主に原因があったのである。これではいつまでも収束しない「ノラ猫発生サイクル」の存在が分かった。(図2)

図2 ノラ猫発生サイクル

収束させるにはサイクルの連鎖を断ち切ることが必要で、ノラ猫対策だけではなく飼い主への適正飼養啓発の両方を同時に進行していくことが重要である。
室内での多頭飼育の原因も、猫の繁殖に関する飼い主の知識不足やアニマルホーダーもあるが、ノラ猫へのエサやりを止めさせられて可愛そうに思い無理して室内へ入れた家庭内ノラ猫の存在もあった。成果が出ないと言うのであれば、その原因を追究してみることも必要である。

11. 地域猫活動の終着点

私が考える地域猫活動の終着点は、地域の猫トラブルが解消した時だと考える。ただし、この時点ではノラ猫の数がゼロではないために猫の世話人が地域のルールに基づいて面倒を見ている。猫の世話人の終着点は世話をするノラ猫がいなくなった時であり、外で命を全うするか懐いて誰かに貰われるかを想定していたが、実際は年老いた地域猫を家に入れて最後を看取る人が多かった。

「不妊去勢手術を徹底したら猫がいなくなってしまう」と心配される意見もある。外にいる過酷で危険な生活をしている猫については不妊去勢手術を徹底することで減らしていき、将来的にはすべての猫が室内飼育になるように適正飼養する飼い主を増やしていくことが大事である。(図3)とにかく飼うつもりも世話をするつもりもない不幸になる猫を生み出さないためには、不妊去勢手術は絶対に必要である。

図3 地域猫活動の将来

12. おわりに

本稿では、今回の公開ゼミ特別企画のテーマである「動物の身体的介入へのこだわり」について、私の発案、実行した地域猫が不妊去勢手術必須であることからその必要性について体験事例を踏まえて述べてみた。

ノラ猫は野生動物とは違って人間が関わってきた愛護動物なのだから、人間が介入して増え過ぎや発情期の鳴き声による迷惑とならないように不妊去勢手術を行い、バースコントロールしながら飼育管理する事がベストである。さらに猫の事だけではなく地域の環境衛生を管理する事にもつながり、住民の理解を得るためにも不妊去勢手術は必須で、人間が生活する社会に猫がいる限り共存していくためには最低限に必要なことと考えている。

今回は、地域猫の考え方、進め方に加えてSNSなどに投稿されている地域猫活動に否定的な意見も参考に、地域猫のあり方についてもう一度整理する機会となった。

多くの意見にも一理はあるが、まだまだ誤解されて都合の良いように拡散されている部分が多く、地域猫の正しい普及啓発が不足していることは反省するばかりである。

地域猫活動の一番の難点は、いろいろな考えを持つ人たちの集まりである地域住民の理解、協力を得るための合意形成である。このことを説明し納得させるまでには行政職員の力量が必要であり、職員への理解度アップに繋がるように現在新型コロナの影響で中断しているセミナーや相談会等で協力していきたい。

「地域猫の考え方は理想論だ」「夢物語だ」と言う人もいるが、上手くいっている所もあるのだから間違ってはいない。それぞれの地域特性を生かして基本を歪めないで進めてもらいたい。

地域のつながりを重視する地域猫活動は、欧米各国では信じられないファジーな考え方であり日本独特の文化から生まれた発想と言える。

地域猫活動でノラ猫問題が収束したと思った地域で新たに見えて来た、室内での多頭飼育からの遺棄による「ノラ猫発生サイクル」の存在は、今後の飼主への適正飼養啓発の重要性を示しており、ノラ猫対策と飼い主啓発の両面を同時に進行しないと解決には至らないと考えられる。

地域猫活動は、ノラ猫がしっかりと管理され、飼い主への啓発で意識が向上し、猫が完全室内飼育となるまでの過渡的活動であり、永遠に続くものではないと考えている。

平安時代のように室内飼育の光景が普通になり、「昔は猫が外にいた」と言えるまでには、あと100年はかかりそうである。

参考文献

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